NEWS ROCK MUSICAL STORY

ROCK MUSICAL STORY ②

 

24歳。ブロードウェイで最高のミュージカルを創る!という夢を見つけた僕は動き出した。

まず、東京に帰って、最初に思ったのは、

バンドと友達になる!ということだった。

 

ミュージカルはやっぱり音楽が命だ。

台本は僕が書くとして、作曲してくれる仲間がほしい。

しかし、それまで、演劇、しかも会話劇だけやってた僕は、音楽関係の友達は一人もいなかった。

 

 

バンドと友達になりたい!ライブハウスに行けば友達になれるのかな?

ネットもないその頃、情報源と言えば、チケットぴあという雑誌だった。

でも、音楽のページを見ても、どのバンドがいいのか、まったく分からなかった。

みんな名前が英語で、バンド名も読めない。

これは時間がかかるぞ。どうしよう???

 

あ。。。イベンターっていうのになればいいんじゃないかな?

ふと思った。音楽ライブのイベントをやるイベンターになれば、バンドマンの人たちが、

たくさん来て、聞いてください!って、デモテープを持ってきてくれるんじゃないかな?

そうしたら、ミュージカルの曲を創ってくれる仲間ができるんじゃないかな。

 

 

20歳のころから、自分で本を書いて、演劇公演はプロデュースしてたから、なんとか音楽の

イベントもできそうな気がした。

でもいきなり音楽だけのイベントをやるのは難しいから、トークライブや演劇もミックスした

イベントにしよう。トークライブに出てもらうのは、、、あの人しかいない。

 

 

 

僕はすぐに、沖縄に電話をした。

沖縄には、そのころ、仲良くなったばかりの自由人であり、作家の高橋歩さんがいた。

23歳で、自分で出版社を創ってベストセラーを連発したり、奥さんと世界一周をしたり、その自由な生き方は

若者のカリスマと呼ばれ、僕もすごく影響を受けていた。

 

 

 

「歩さんのトークライブを東京でやりたいんです!」って言ったら、歩さんはすぐにOKしてくれた。

そして音楽関係の知り合いっていないですか?って聞いてみた。

 

 

 

「あ、いるぜ!今、沖縄で、JACKEROO’S(じゃっくるーず)っていうイベンターがいてさ。

沖縄ではモンゴル800とかとイベントしてたり知らない人はいないんだけど、

今度、東京でもイベントしたいって言ってたんだよね。

たけし、絡めばいいじゃん。」

 

 

 

「お願いします!」

 

 

 

・・・やった!つながった!イベンターだ!

 

これは上手くいく!と調子にのった僕はすぐに800人が入れる新宿のライブハウスを予約した。

 

 

 

 

こうして、僕ははじめて、音楽イベントを主催することになった。

そして、これがJACKEROO’Sとして活動しながら、のちにFUNKISTスタッフとなる

cho-1(ちょーいちさん)、そしてFUNKISTとの出会いにつながってゆくことになる。

 

 

 

 

時は2002年6月。今から13年前の話です。

ちなみに、僕が調子にのって予約した800人が入るライブハウス、

新宿リキッドルームは、名前を変えながら、今もその場所にあります。

 

 

 

 

現在の名前は、新宿FACE。

 

 

 

 

 

あの時、ロックミュージカルをやるために、

仲間と出会うために、初めて一歩踏み出した場所。

 

 

 

その場所で。

 

 

来年、ロックミュージカルが生まれます。

 

 

 

 

次回へ続く。

 

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